センター試験について思うこと vol.116

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kayoreena920

函館生まれ 北海道大学医学部卒。2016年9月インド人材紹介会社Miraist 所属。インドで働き始めて毎日1本インドブログを更新。インドで働きたい人の背中を押すべく始めたインドブログが、最近の趣味となっている。

こんにちは!Kayoreenaです(*^^*)

今日は!ついにセンター試験ですねーーー!

自分が受けたのは、2008年?くらいなので、もうだいぶ前のことになりますが、

今でも鮮明に覚えていますよーーー><

当時、北海道大学の受験はまさかの雪で1日遅延されました(笑)

 

当時の私は、センター試験模試で83%位取れてたのですが、当日、超緊張してしまい、

得意の倫理で6割、英語も8割(いつもはほぼ満点だった!)物理は安定の6割(笑)で、トータル7割ちょっとしか取れず、絶望的な結果になってしまったことを覚えています。

おそらくいつも通り取れていたら、進路も大幅に変わっていただろうし、この2日間というのはそういう意味で受験生にとってとても重要な2日ですね。

と言っても、いくらでも取り返しはつきますし、あまり緊張しすぎず頑張ってほしいなと思います。

 

さて、しかし・・・

ここからは個人的な意見になりますが、日本ってまだまだ、暗記教育多いですよね?

…それって、本当に正しい教育なのでしょうか。

 

 

まずセンター試験について

センター試験って、ほとんど暗記で通過できると思うんです。だからセンター試験で良い点数取れるかどうかとは、才能ではなく、圧倒的に「暗記に時間をかけたか」という努力の差です。

もちろん、暗記の得意な人、そうではない人がいるので、かかる時間は差があると思います。でも、巻き返せないほどではない。たった6教科です。本気になれば、その差はなんとかなります。

だから、いい大学に合格できるかどうかは才能かどうかではなく、努力の差だと思うのです。それってすごくいいことですよね。世の中には、努力だけではどうにもならないことがたくさんありますから…

もちろん、学費の部分とかいろいろ他にも問題はありますけど、ただ単純に「合格する」ということだったら、今の時代いくらでも方法は検索できます(そういうサイトを運営していた予備校にいました笑)

だからまず、大学に受かるのは「才能」ではなく「努力」であるから、いくらでも不利な状況はカバーできるということ。

 

今回言いたいのはそこではなくて、その「努力の尺度」を「暗記の量」で判断するのはどうなのかな?ということ。

なぜこういうことを言うかというと、自分が実際に暗記でめっちゃ結果出してきたけど、あんまり今に活きていないと思うからですね(笑)暗記で結果を出したというのはつまり、いわゆる優等生でずっと成績を出してきたということです。

自慢なんですけど、中学の時は初回と実力テスト1回を除き、その他のテストはずっと学年1番だったんですよ。はい、自慢ですよこれ(笑)

函館市内の塾の模試で1番とか、北海道模試は3番までとったことがありました。それくらい、先生から出された課題は忠実にやっていたし、再現できるようにしていました。それが善だという教育も受けてきたし、私も信じてました。

大学くらいからは「なんか違うかも」と思い出し、学部のテストはずっと最下位でしたが(笑)それ以上に大事なことがありそうということに、気付き始めたといいますか。他にいろんなことやってたんですね。

 

そして、実際社会に出たら、

暗記で点数を取るだけの自分みたいな優等生が絶対ではないということを思い知りました(これはまた別の機会に話します)

なんとなくわかってたけど、ちょっとショックでしたよ(笑)どんなに知識があることより、何か新しい価値を生み出したり、問題解決出来る能力のほうが大切なのです。もちろんそれが全てではないですが、でも本当「学歴」じゃないんですよ。

 

なぜかというと、社会には答えことが多いからです。

それぞれの事情が複雑に絡み合った問題がたくさんあって、それをどうやって解決していくか。会社はどうやって従業員に働いてもらい、利益を出していくか。従業員はいかに楽してたくさん稼ぐか。皆いろんなことを考えています。

そのとき私は、全て「良い高校に行くため」「良い大学に行くため」という基準に踊らされて、なんとなく(と言ってもそれなりに)頑張ってきてしまった自分の歩みを少し後悔しました。

「もっとこういうこと、やってみればよかったかも」と…

今でもベースは優等生でありながら、どうやったら社会で結果を出せるんだろうということを考えて、まだ5年です。もっと前から、5年後、10年後に求められる能力を考えておけばよかったと思いました。

 

大事なことは、教科書に書かれてあることをすべて暗記することなのでしょうか。

もちろん、テストでいい結果を出すことで行ける大学で、自分が本当にしたいことができるのであれば、暗記が手段なので頑張らないといけないですね。それはいいと思います。

そして、私は一定量の教養の暗記は必要だと思っています。自分も実際、中高とそれなりに勉強してきてよかった部分もたくさんあります。

ただ、そればかりになりすぎたり、目的を見失うのはどうなのかな?ということと、今後、ますます不透明となる時代に、そういう教育だけでいいのか?というのは少々疑問です。

*以前、黒野から教育の話を聞いた時「日本の教育も思考性を養うやり方が増えてきている」という話を聞きました。だから将来的にはそういう方向に向かっていくのだと思います。

 

センター試験の時期が来ると、当時とにかくそれが全てで必死に頑張っていた自分が思い出され、きっと同じ思いをしている受験生をそっと応援したくなるのです。

目の前のことを頑張ることはとても大切だけど、それに飲み込まれて辛くなりすぎないで欲しい。人生それだけじゃないよ。

きっと、今を必死に頑張る皆には、届きにくい言葉ではあると思うけど。

 

 

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